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2011/05/31

流浪の旅2 後三年

陰鬱なる曇り空の下、横手を過ぎたところで、国道13号線を離脱した。

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桜もまばらな北国の一柵跡

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奥州藤原家の礎を築いた藤原清衡と清原氏の最終決戦地。 金沢の柵

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柵に篭城した清原氏と対峙する清衡の軍勢はこの平野のあちこちに陣地を築き兵糧攻めの戦法を執った。

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当時なら此処は物見であろうか。
秋の実りの頃はさぞかし神々しい黄金の原が見られることであろう。

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平野が見えない奥地に本丸跡があった。

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その下には兵糧倉があった。
ここに蓄えた兵糧米が謎の焼失を遂げる事件があり、清原氏は飢餓に陥り、結局それが敗因となったと謂われている。

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清原氏側の戦死者を弔い、その時に植えた杉の木だと謂う。
樹齢は1000年近かったが、第二次世界大戦時に消失したと謂う。

この後三年の合戦を機に、清原氏は滅亡し、奥州藤原氏の栄華が始まることとなった。
同時に合戦のもう一方の主役であった源義家(八幡太郎)は、その功績を朝廷から私戦と看做され、褒賞を得ることは出来なかった。配下の武士たちには私財を投じ報いたという。
それが源氏の勢力勃興、のちの鎌倉幕府成立へと繋がったと謂われている。

旅は続く・・・・

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2011/05/30

流浪の旅1 前九年

GWに入り、おんねんヌコのご機嫌伺い、溜まっていた雑用を片付けてしまうと、さて何もせずにぼーっとしているのも惜しいので、日程を前倒しして方位磁石のN極と化した。

車中泊を覚悟していたが、ネットで検索したところ不来方のビジネスホテルに予約が取れた。

宿が定まると、次はどんなテーマで旅をするかがモンダイとなる。
しばしの熟慮(でもないがw)の末、方向性が定まった。

北へは渋滞を避けるため、放射性物質は避けないルートを選択した。
すなわち常磐道-磐越道-東北道ルートだ。

日立市のあたりから路面がおかしくなってきた。
段差、凹凸が激しくなり、特に橋梁の接続部辺りは著しく損なわれている。
磐越道も郡山付近の状態がとても悪く、時速120kmで突っ込むと車体が一瞬浮いた。
この状況は東北道の仙台付近まで断続的に続いた。
不思議なことに震度7を記録した大崎市付近の東北道は比較的しっかりしていた。

揺れの質が違ったのか、あるいは震度6弱と言われたエリアでも局地的に震度7とかそれ以上の揺れがあったのか・・・・

とにかく、わずか2ヶ月経たないうちに、主だった高速道路網を復活させたJHの努力は評価に値する。(それは新幹線を僅か49日で復旧させたJRにも言える)

凹凸の激しい高速道路を古川ICで離脱した。
向った先は・・・・・・

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ダムではなく・・・・

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炎立つ戦いが繰り広げられた彼の地。

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吉田戦車チックなこけし付きの道標は偶然見つけた。

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坂の先にはだだっ広い大地が広がっていた。
ここが1051年、前九年合戦の舞台だったかどうかは神の味噌汁。

この古戦場を偶然発見したことにより、旅のテーマは決まった。
古代蝦夷の炎の痕跡を追う旅だ。

それには、秋田県に踏み込まなければならない。

旅は続く。

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2011/05/29

悠久休暇

5月のはじめに川井住田大規模林道をどこまで走れるか・・・・過去5年間のチャレンジでは荒川高原を過ぎ、旧川井村に入ったところ、つまり山の北斜面に突入したところに残雪多く残り街クルマたる青い彗星号は撤退を余儀なくされていた。

さて今年は・・・・

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難関を呆気なく突破w

ドカ雪が降った割には雪の残り具合は少な目なのは、どうしたことだろう。

さて、そうなると、あとはどこまで行けるのか・・・関心はそこに集約される。

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途中には「ぉおっふ!」と叫びたくなるような傷跡多数あり・・・・

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このやうにラバコンが立っていれば事前に事態把握も可能だが、
実のところ何箇所も、「おいおい、冗談だろう?」的地割れが放置されていた。
つまり路面崩壊は進行しているってことか?

県道25号線まで、そろりそろりと走行できました。

さて、そうなると次の目標は閉伊川まで走れるか? ということになるのだが・・・・

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その野望は、チャレンジする前に絶たれたw
トンネルまでは行けるのか・・・・ということは雪は無いな。

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頂上トンネルを抜けた途端に雪の量が増える。

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パヤチネ剣ヶ峰は今日もご機嫌ナナメで、頂上部を隠している。

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その後も残雪あれども走行に支障なしの快適クルーズが続く。
そういえば地割れもあまり目につかない。
新しき道路ゆえか、はたまた地盤が固いのか・・・・・

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その快適クルーズもここまででした。
はてさて、どんな崩壊なんでしょう・・・・バリケードを欽ちゃん走りで通り抜けw
歩くこと1分

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おおっと! 見事なまでのノリ面崩壊だ!

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地震の影響なのか、雪の影響なのか、はたまた無理な工事の影響なのか、
原因は判らない。

川井住田大規模林道コンプリートは将来の楽しみに取っておき、踵を返した。
子供流鏑馬の時間に間に合わなくなる。

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んでも鳥が居ればパチパチとシャッターを押し。。。*1

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カタクリが咲いているのを見かければ、失敗写真の山を築きw *2

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たったいま落ちてきました、みたいな石にびびりながら、
なんとか奉納神楽が始まる直前に遠野郷八幡宮に辿りついたのでした。

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2011/05/28

終わりと始まり

緑の里山に神々しいまでの白亜の城壁よ!

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まさに人類の叡智と土木技術の粋を集結させた人工美だね。

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暴れ川は制御され、人々の生活基盤は永遠に保障された。
ここで川は終わり・・・・・

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ここで川は始まる。

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有事の際はこの洪水吐トンネルが大水害を未然に防ぐべく機能を発揮する。

もう、永遠に洪水なんて起こらない。
めでたしめでたしだ。
いい事ずくめじゃないか!

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何かモンダイでもありますか?

 

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2011/05/26

オッケル帝国ふたたび

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あれは、春爛漫と呼ぶには薄ら寒い夕方のことじゃった。

とある場所を歩いていると、突如、前方から大音響の「帝国マーチ」が!

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げっ!  まさか・・・・・?

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♪帝国はつ~よい強い~電灯も強いつ~よい!♪

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「時が満ちた。惰眠をむさぼる直立世界の愚かな住人よ。覚悟せよ! 我々オッケル帝国が今より世界を支配する!」

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世界が左28度に傾いた!
道を歩いていた爺っ様は田圃にはまり、駐車していたクルマはずれ落ち、あろうことか「とぴあ」の看板も「はらほろひれはれ~」と稲荷下の方角へまろび出てしまった。
大物見山は踏みとどまっているが、いつまで耐えられるか知れたものではない。

なんとかしなければ、でもどうしたらいい?

あ、そうだ!
オッケル帝国も困るようなパラダイム変換を仕掛けてやればいい。

「そうはさせまじ! 直立世界を代表して、その野望打ち砕いてやる! そりゃ~!」

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「うぐげ・・・オッケル者をさらにおっけさす・・・・そんな手があったとは! 」
「どうだ! オッケル身にとってすれば、仰臥の姿勢は敗北の証であろう!」
「む、無念!」

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かくして、このたびのオッケル帝国の反乱は僅か10秒で制圧されたのであった。

どんとはれ

 

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2011/05/25

日記とは忘却への備えなり

2011年5月4日
訳あって遠野郷八幡宮にクルマを置かせていただき、街場を目指すことになった。

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遠野は春で春の連休中だった。

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参道の途中で声をかけられた。
「あっれー? 珍しい人(ネコ?w)がいるよー! いつ来たの?」
なんと、父numako様でしたw
「沿岸には行ってきたか?」
うーん、それだけはやるまいと心に決めていましたので・・・・
他県ナンバーのクルマに乗ってカメラ構えただけで《人でなしのろくでなし!》《貴様それでも日本人か!?》《恥を知れ!》と罵詈雑言、石のつぶて、梨のつぶてを投げつけられそうで・・・・

父numako様と別れたのち、てくてくと街場を目指して歩く。

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足元から影法師が長く伸び、六角牛山は順光に。
山腹の残雪が見てとれる。

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森林軌道跡をてくてく歩く。

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神は痩せ橋(上早瀬橋)の袂で軌道跡は途切れる。
時刻はまもなく18時になろうとしているのに陽が長くなったなぁ。

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太陽は向山の端にかかっていた。早瀬川を最後の輝きで満たしていたが、川風を暖める力はもう残っていないようだった。

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グランドゴルフを楽しむ人々も少々寒そうだ。

そうそう・・・街場に行く理由を話していなかったね。

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遠野ぶれんどの「無事会」に出席するためでした。
場所は「いちい」。
開始時間直前に到着したのですが、すでに皆さん乾杯の予行訓練を済ませておいでのようで・・・w

WEB上では無事なのは判っていましたが、やはりお会いして無事を確かめるのも大切かと・・・・・・・いや、ガス抜きをせねば、この先の長丁場に耐えられない・・・・いや単に呑み←<とっす!  

実際、あの日以来、約2ヶ月ぶりのアルコール摂取と言う方もいらっしゃいました。

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どうも、この辺りから飲むペースに拍車が掛かってしまったようで、Img_1074

 












                                          眠れ酔い子よ~♪

記憶が戻ったのは翌朝のこと・・・・・・
しかし、体調は下の絵の鯉のぼりの如し

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酔い覚ましの散歩と久しぶりのまともな朝食で直に体調はもとに復した。
ゴンゲン様、奥様、まっことありがとうございました。
美味しゅうございました。

あ、もちろん休みの日には作って食べていますけど、
なぜか、出来上がって食べるときはお昼近いのです。(笑)
もはや朝食とは呼べず_| ̄|○

日記は忘却への備えなれども、その元になる記憶がすでに忘却の彼方じゃ、どうにも・・・・・_| ̄|○

 

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2011/05/24

限界接近点

「ここまで来たら、被災地の様子を見ておくべきだ。」

この旅で耳にした意外な一言

百聞は一見にしかず・・・・ということか・・・・・・

しかし、とワタクシは言い訳をする。

物見遊山な野次馬が海岸に跋扈している話は聞いていた。

まだ8000人を越える行方不明者がいる中で、自衛隊が災害復興活動をする中で、有志のボランティア活動が行われている中で、己の好奇心を満たすためだけの理由で・・・・・・

それは出来ない。

かくして、はるか20キロ先、1000mの高みから黙祷してシャッターを押した。

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だめだな・・・おれ  いろんな意味で _| ̄|○

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2011/05/23

あめはれ境界線

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馴染みの展望台へと歩を進める。

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数回シャッターを押したところで、強風と寒さに耐えかねてクルマに戻った。

どうも、この場所で穏やかな天気というものに最近遭遇していない。

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この日は霙(みぞれ)に雷鳴のオマケ付きだった。
仕方がない・・・・帰ろう。

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と、峠を降りて数分で陽が射しだした。

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どうやらピンポイントで積乱雲の下にいたらしい。

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帯状に連なる積乱雲の隙間に今ワタクシは居る。

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紙一重の雨晴れ境界線だ。

 

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2011/05/22

きつねっこ

鍋倉山の駐車場から主郭へ向おうとしていたら、南部神社の方より一匹のネコが現れた。

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「ちょっちょっちょ」と呼んだが、無視して東舘町方面にすたすたと歩いていく。

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と思ったらきびすを返した。
首輪をしているね。飼い猫か・・・・

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五百羅漢方面にすたすたと歩き去る。

レンズを覗いていると、南部神社方面から若い母親と小さな娘さんが登ってきた。

「今、きつねいたよ。」と女の子が話しかけてきた。
「きつね? へぇ~本当?」と驚くと、母親が
「今のきつねでした?」と尋ねるので、
「いいえ、ネコでした。」とワタクシは思わず答えてしまった。
「ネコだったってさ。」母親が娘に伝えた。

だめだな~、おれ・・・・_| ̄|○
女の子の楽しみとか期待の芽を摘んでしまった。
ここは、こう答えるべきだったのだ。

「ねこ・・・・いや・・・・・ねこに良く似たきつねだったよ。うんうん・・・」

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2011/05/21

かっぱ淵

 

ワタクシはある風景を追い求めていました。
それは、とある川と、とある川の合流地点の風景

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この度、まがってみた場所がどうやら、追い求めていた場所だった。

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かなりイメージと近いぞ。

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うむ、ここだ。

図説「裏鳥海文書」*1  56ページに写真の掲載と記述がある「かっぱ淵」だ。
写真のクレジットはただ土淵町とだけ記されている。

同様に撮影場所の特定が出来ない写真はまだ数枚あるので、
今後もそれらを探索してみようと思う。

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2011/05/20

おっけそうでおっけない

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おっけそうでおっけない石碑・・・・・・

この度の激震にも耐えた。
なんでそんなに粘り強いのだろう???
西国巡礼塔の根元には過去におっけてしまった石塔らしきものがあるのに・・・・

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物理的限界はとうに越えているはずなのに・・・やや? あれがそのシミツか?

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汝をツッパリ石と命名しよう!w

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2011/05/19

天王様ともみの木

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琴畑へ向う分岐のすぐ先にある遠野遺産「天王様ともみの木」
存在は当然知っていましたが、なんと訪問するのは初めて!

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尾根道をひと登りで社が見えてくる。

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を? こちらもリフォームされていますね。
所謂ひとつの遠野遺産効果かな?

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八坂神社・・・・天王様・・・・・この関係はなんでしょう?
コソコソと調べる・・・・・・牛頭天王ね・・・・で牛頭天王って何? 祇園精舎の守り神・・・祇園といえば、ああ八坂神社だね! ポンッ!

納得納得。  んではご神体を拝ませてもらおうかな。

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最近は神様もプライバシーを気にされるようで(笑)

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2011/05/18

アカマツ入口

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貞任への道沿いにあるのは2006年から知っていました。
でも、なぜか一度もこの先に進むことはなかったのですよ。

なんででしょう?
多分、遠野尺度の距離で,

えせほほ、えせほほ。。と歩き廻されて・・・・

疲労の極致に陥れられるのを恐れていたのでは、とwww

でも、今回は逝きました!

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呆気なく到着w
確かに立派なアカマツです。神が宿るに遜色なしです。

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根元には、お馴染み赤い祠MS-06S(笑)*0
あ、針金で耐震施工されてます。続石(さすが)です!

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見上げたにび色の空に赤い枝が放射状に広がり、その枝先に触れようかと錯覚するような低空飛行で救援ヘリが沿岸に飛ぶ。*1

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時々梢に引っかかっているらしい。*2

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2011/05/17

抗う(あらがう)こと

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自然は動き続けている。
人間は安定することを望む。
自然に抗うことで、突きつけられた結果・・・・・

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それが亀裂

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敵襲に耐えるための守りも
動き続ける自然には為す術がない。
そのむなしい抵抗の結果・・・・

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それが地割れ

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2011/05/16

松山の鳥居群

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ご存知、松山の鳥居群・・・・あちゃ、いだますい! 笠木が落ちてらよ。

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こちらは大丈夫か・・・・・

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総入れ歯(そういえばw)こちらはまだ伺っていなかったな。

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小さな社がありました。
んで、中に祀られているのは?

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ありゃりゃ! これはひどい! 足の踏み場もないとはこのことだ。

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ここは思いのほか揺れたようですね。
さて、きつね様がいらっしゃるから、ここは稲荷社ですね。
あ、名称も判明しました!

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踊鹿稲荷神社ですか!
すっと名もない稲荷社と思っていたので、これはまさにオドロカです(笑)

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次いで、この人工の塚に上ってみましょう。
灯篭が一個あるだけ、との情報を得ていますが・・・・・心配です。

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おおっふ! やっぱり・・・・いだますいことです。

なんか最近のネタが地震被災レポート化の一途だ。

仕方ないか・・・・実際被害が出ているのだから、それをありのままに伝えるのしかないでしょう。

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それでは鳥居の向こうに祀られている青色彗星稲荷号wに乗って昼飯でも食べにいきましょう。

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2011/05/15

シンプル鳥居事件

の大なり・・・・・コホン・・・・野田稲荷で事件が起こったことは地元の潜入捜査官wから聞いていた。
第一報は「鳥居がシンプルになってらよ~。」だった。
第二報がないので詳細は不明だ。
雨が降って道がぬかるんでいたが、少し足を延ばしてみるか・・・・・

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およよ~? たすかにシンプルだぁ・・・・何がどーなったのやら?

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ははぁ、貫(ぬき)が欠落したのですな。
ご丁寧に貫があったところに細い「あったずもな線」が引かれている。(いや、それ電線w)
震災の影響だとは思うが、なんとも器用な壊れ方をしたもんだ。
普通、笠木が落ちそうなものだが・・・・(事実、笠木が落ちた例を他で見ている。)

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貫は麦畑の畝に置かれていた。
他にも震災の影響を受けているのではないだろうか?

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やや?社の扉がリフォームされている!
これも震災の影響か? しかし瓦は無事だな~。

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え~、おはやうでがんす・・・・被害はないですか?
賽銭箱の向こうからきつねどんがひょこっと顔を覘かせ「きついね~」と呟いた(ような気がしたw)

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傍らでは庚申塔がおっけて割れていた。

神社仏閣にも思わぬ被害が出ていますね。

本当はこういう「いだますい」光景は避けて通りたいのだが、
避けられないほど、あちらこちらそちらこなたにありますので
この先のエントリーは震災被害状況報告の様相を帯びてくる予感・・・・

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2011/05/14

だるまさんがころんだ

 

Img_0896_2      だ~る~ま~さ~んが~、ころん~~

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だ! 

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             だるまさんがころん

 

 




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だ!


決して、「だるまさんがころんだ」をしているわけではないよねw

こちらはつぎもすけど(附馬牛街道)のエレキングな獅子頭です。

2年前とどこが変わったか、まぁ見比べてくださいな。

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昔は杖(電柱)がなくても立っていられた(おいおい)

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昔は髭を生やしていた(おいおいおい)

それがあ~た、今じゃ

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だ~るまさんが~ころん~~~~

だ! 

 あ、今動いたあなた! あなたは誰かが助けに来るまで、ここに繋がれるのですよwww

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2011/05/13

忍峠展望台

前回、その存在を教えていただいたのに、ダーティファイトに夢中で、見逃してしまった展望台を探してみました。

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ふむ、あれだな。
あんな判りやすい目印を見逃すとは、とんだうっかり八兵衛だぜ!

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20歩ほど上ると、これ、このとおりw

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これ、このとおりw

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どうですか? 仮名のへの字に見えますか?
102年前に柳田国男が見たであろう風景を追体験するにはうってつけの場所を
造っていただきましたね。

ワタクシに命名権をお譲りいただけるのなら
「早池峰がへの字に見える丘公園」
と名付け あ、なにをするqwせdrftgyふじこlp;@:「

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そういへば、久しく登っていない・・・・

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2011/05/12

和野の記憶

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国道340号線土淵バイパス工事が始まり、変貌著しい土淵町和野

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山口への三叉路付近に小さな小屋がある。
あるのは知っていたが、何であるか詮索しようとは思わなかった。
それがどうもバイパス工事で無くなりそうな雰囲気だったので、記録しておく気になった。

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「国鉄バス岩手和野待合所」と読める。

国鉄というからには1987年以前の遺物ということになる。
ざっと24年前だ。

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それから時間は止まったまま・・・・・・

近々に「今はねど」となりそうなので記憶にとどめておきます。

しかし、どーでもいいけど、針短くね? www

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2011/05/11

土淵バイパスなう

おっけそうな石碑から象坪山を見ると、

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荒削りな工事現場が見える。

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言わずと知れた国道340号線土淵バイパス。

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山口方面を望む・・・・  舗装されたのですな。

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足洗川方面を望む。
今にも供用開始出来そうな雰囲気だ。

場所は変わり、こちらは山口への三叉路になります。

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市街方面を見ています。
林を伐採し、山肌を削り、ここは山口川に橋を架けるのだろう。
180度会頭すると

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はて、なんか雰囲気が違うぞ・・・・
4年前の写真と比較してみると・・・・・

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ははぁ、国道沿いの民家が撤去されたのですな。

バイパスが完成したら伝承園から和野までの旧国道は交通量が減って、長閑な道になるでしょう。

立丸峠にトンネルが穿たれたら、このバイパスは沿岸北部から東北道に抜ける幹線道路となる可能性があります。

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その時には、象坪山から降りてきた山人が交通事故に遭わないことを祈るよw

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2011/05/10

小友峠なう

そういえば、小友峠の新道工事はどうなったかな?

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おっと、これは意外な展開だ。
2車線の新道と思われた道を放棄して、新たに道を敷設したのか!
こうなるともう旧道の入口なんか、まったく判らなくなる。

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山肌を削り、ヘアピンカーブを造る。
これで一気に峠まで上り詰めるか。。。。

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と、なにやら工事箇所が出てきましたな。
右下に旧道が見えるが、もうズタズタ断絶状態だ。

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おっと、ここが新道工事最前線だ。
開通していなかったのね。
しかし二郷明神までは、あと少しだ。

そういえば、あの遠野遺産は無事だろうか?

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図体がでかいだけに、おっけてないか心配だ。

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あ、おっけてなかった!

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ただ置いてあるだけに見えるが、心棒はしっかりささっているようだね。

よしよし。

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2011/05/09

無残やな

そのとき、どんな音を立てて倒れこんだのだろう?

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・・・・ぱたっ

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・・・どささっ、がらん!

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ぽんっ ぱぱたたんん・・・

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・・・・どぉおんん

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めりっ! からん・・・

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立っているものも激しく揺さぶられたようだ。
正直、近寄るのが憚られた。

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震災から2ヶ月が経とうとしているが・・・・・

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人様の復興が優先ですから、この状態はまだまだ続きそうです。

 

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2011/05/08

八幡神楽

子供流鏑馬神事の前(というか最中に平行して)、神楽殿では八幡神楽が奉納されていました。

打ち鳴らしのあと

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岩戸開き

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鶏舞

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えびす舞

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三番叟

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山ノ神

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権現舞

と披露されました。

最後に恒例の頭噛み噛みw

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権現様曰く「大的頭也。有予感顎脱臼!」w


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2011/05/07

子供流鏑馬2011 ~The 20th anniversary~

この日(5月5日)、遠野郷八幡宮は千葉の真冬の最高気温・・・・え~つまり、ワタクシ的には
「さむい、オレさむい!」

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それでも、陽が射すと体全体温湿布状態に・・・
幕の影絵の主役は、ほころび始めた桜の枝w

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法螺貝の音が響き渡る。
上手に吹くには熟練がいる、らしい。
ワタクシ法螺は割りと上手に吹けるんですけどね・・・

ま、戯言はここまでにして、今年20周年を迎えた遠野郷八幡宮子供流鏑馬をご覧ください。

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「射!」

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「とっす!」
「よう射たり哉~!」(訳:良く射抜きましたな~。あっぱれ天晴れ! わっはっはっは!)

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今年流鏑馬デビューのポニーです。
駄々をこねるウマを宥めるご苦労も相当なものです。
揺れる馬上で平然と的を射抜いた射手も天晴れです。

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凛凛しいです。
気分は戦国武将!

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「射!」
次々と射抜いていきます。

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「射!」

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「射!」

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「ポニーさん、矢をつがえるまで、ちょっと待ってて。」

一回の試技で3つの的を射抜き、これを一人3回行います。

試技を終えた後の子供たちの表情がなかなか良いです。

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「あたし、ちょっと納得がいきませんわ」 かな? 違っていたらごめんなさい。

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「ふっ、ざっとこんなもんよ。」 かな? 違っていたらごめんなさい。

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「やったわ、あたし、やり遂げたわよ!」 かな? 違っていたらごめんなさい。

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家族の声援に、はにかみ笑い・・・
鞍離し、小さく手を振る、ウイニングラン

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結果です。
9つの的をすべて射抜いた皆中(かいちゅう)を達成した子供も居ました。
20年の歴史でも二人目の快挙とか。

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はい、記念撮影で終了です。

とオモタら、

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メディアの取材攻勢が始まった(w
対象はもちろん、九の的をすべて射抜いた・・・・・

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「いや~、照れるな~。ま、おいらの安定した走りがあってこその皆中(かいちゅう)・・・」

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「○○くん、今の感想は?」 「このヨロコビを誰に伝えたいですか?」
 スミマセン、勝手に想像していますw

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「え? おいらに聞いてるんじゃないの?  べぇ~だ!」

開催が危ぶまれた今年の子供流鏑馬
参加した子供たち、準備の裏方さんたち、諸事進行に携わった方たち
お疲れ様でした。
そして
ありがとうございました。

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2011/05/06

予告編

う~ん、、今日は(あれ? 日が変わっている!)まともなエントリーは出来ないなぁ。

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詳細は後ほど・・・・

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だ~ら、詳細は後ほど!  って、なんだか判らないかな?

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遠野郷八幡宮子供流鏑馬神事の様子の詳細は後ほど・・・・

今日は寝る =口○

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2011/05/03

侵入完了

侵入完了
しかし、そろそろ滞在時間が尽きる。
なんだかタッチ&ゴー訓練みたいだ(笑)

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2011/05/02

突然突撃晩ご飯

突然突撃晩ご飯
突然突撃晩ご飯
我ながらカオスなチョイスだとオモウ(笑)
メインディッシュは迷わず決まりましたよ(笑)
さすがは不来方のスーパーだ!

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2011/05/01

雲を見る人

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八幡山上空に現れた雲はどこか妖怪ちっくで爬虫類ちっく

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六角牛山上空に現れた雲はどこか河童ちっくで、案山子ちっく

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耳切山’茂避寒ケ丘’上空に現れた雲は、どこか葉巻をくわえたツチノコちっくだ。

はっきりとそう見えたという方・・・
悪いことは言わないから、日本妄想協会(略してNMK)に超過妄想料金を
払ってくださいbleah

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