2009/02/02

あきらめたわけではない

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遠野を訪問した際、追究しようとしながら_| ̄|○を繰り返すテーマ・・・・・

それが古(いにしえ)の道を探すこと。

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しかし、境木峠ルート・・・・・牧草地開拓、畑地開墾のため壊滅。
笛吹峠ルート・・・・・牧草地開拓、造林地のため判然とせず。

遠野側においては、もはやトレース不能・・・・が結論でした。

しかし、もうひとつ、古道の存在を忘れていました。

それは土淵町大洞の奥で境木峠ルートと別れ、笛吹峠ルートへと連絡路のように付いていたらしい。

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その分岐点があったと思われるところには今、林道があります。

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やや! 古道に付き物の石碑か????

文字はありませんでした。石碑のような単なる石だったようです_| ̄|○

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この道には林道にありがちな砂利がありません。
ただ単にブルドーザーで切り開いただけの簡易作業道に過ぎないかも知れません。

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しかし、この道が100年前の道かも知れない、という可能性もゼロではない・・・・・・

すべてが思い違いで妄想の産物かも知れないが・・・・・

ルートはある程度判然としているので、その真偽を確かめるには、

歩いてみるしかあるまい。 (そのうちねw)

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2008/11/16

雨中の彼方へ

又一の滝の脇に心もとない踏み跡があります。

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心もとないが、大変由緒のある道なのです。

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すぐに路は分かれます。
左:薬師岳直登コース。右:薬師堂(早池峯登山道)

そう、右の道は遥か昔より続く早池峯参詣の路なのです。

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又一の滝の全体像が、こちらから俯瞰できます。
下から見たのでは判らない上部のナメ滝部分が覗える。
薬師岳直登コースを進めば滝を上から見下ろすことが出来る。
下を見ようと近づきすぎるとヲータースライド&頭蓋骨粉砕骨折まで1.7秒ですから
ご用心ご用心。

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路傍にひっそりと古い里程標「一リ一八丁」
この路が古道である証拠である。

又一の滝から5分も歩いていないのに雨が降り出した。2008_11_02_117
尾根を乗り越して沢に向かって下る。
雨、最初はゆるく細く、徐々に強く大粒に・・・・・・
木々の葉が落ちた今、雨は容赦なくワタクシの脳天に突き刺さる。

いかん! カッパを着用せよ。

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再び里程標。
此処では南に踏み跡が分岐している。おそらく林道への近道だろう。

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この岩・・・見ようによっては人面岩?

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路はきれいに刈払いされていて問題ない。
が、雨は問題だ。
時折、思い出したように激しく降る。
ひとしきり急登をこなすと路はゆるやかになる。

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一リ・・・・・・読めない_| ̄|○

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前方に見えてきたのが、薬師堂である。
っと、また雨が激しくなってきた。

この話は、ちょっち長くなるので、一旦筆を置きましょう。

ワタクシもハヤリの尻馬に乗りましょうかね。
ワタクシが買った初めての洋楽レコードでした。(レコード・・・・ッぷ)

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2008/06/02

踊らない・・・峠大捜査線

しっくりとこないまま、
東西に延びる、怪しい道形を調べてみる。

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お! 石柱か? 里程標か?
しかし、どこにも文字らしきものはなかった。単なる石か・・・・

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やや! こげなものが・・・・・
ははぁ、どうやら山仕事か山菜採りのシトたちの仕業か・・・・・
よくよく回りを見てみると此処は雑木林が尽きてカラマツ林が始まるところ。
最初に感じたドキドキ感がだんだん薄れてきた。
これは作業道の類なんじゃないか?

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牧草地に出て、今まで歩いてきた林を眺めてみた。

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山猫、あることに気付きました。

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なんか、松ノ木が多くない?
しかも等間隔に並んでいませんか?

街道筋といえば松並木・・・・・まさか・・・・・

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再び藪に突入した。目指すは松ノ木!
ちょうど、突っ込んだ処にあったのがこんな切り通しのような地形。
明らかに人為的ですよ。

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登ってきた方向を振り返ってみる。
道・・・といえば道に見えなくもない。

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行く手に松ノ木が見えてきた。
あそこに道の跡があれば、追い求めてきた答えとなるのだが・・・・
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どうであろうか・・・・・?
この松ノ木に沿った直線的開放空間はかなり怪しいと思うのだが・・・・・・

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脇には怪しい土塁がまた現れた!
よし、この先で林道に交差すれば、街道松並木理論は実証される。

だが・・・・・目に飛び込んできたものは・・・・・・・・

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マ、マシマロの中身!!??

なんだいなんだい?
またとんだ方向違いを進んでいたのかえ?
元の場所に戻ってきちまったよ。

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牧草地に出て、座り込んだ。
キツネに化かされるって、こんな状況を言うんだろうか・・・・・
山の中で方向音痴になるなんて・・・・・山猫も堕ちたものだ。

後日、帰京したあと航空写真と国土地理院の秘蔵地図(wを見比べて、彷徨った道筋を
追ってみた。

2
なんともまぁ、見当違いを彷徨ったものよのう。

「旧笛吹峠、踏査出来ません。」(w

この件、またもや次回のお楽しみとなった。_| ̄|○

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2008/06/01

笛吹けど・・・・

あ、最初に断わっておきます。
興味のない方にとって、今回のエントリーはまったくの意味不明な戯言だと思います(w

確か、今回のミッションに古い峠道を探索せよ。というのがあったね。
過去何回かチャレンジしてきましたが、いずれも尻切れトンボ状態・・・・・・
まるで「Xファイル」ばりのじれったさでした。

前回は街ネコ姿だったので、突っ込んだ踏査は出来ませんでしたが、今回は薬師岳断念トレッキング(_| ̄|○)の余勢を駆って山猫モード継続中(w
早速、藪へ突入した。
場所は権現山南麓標高870m~880mにかけてである。

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林間、明らかに下草の薄い箇所があり奥へと続いている。

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その道の奥に、妙な地形が・・・・・・・画面右手に土手のような盛り上がりがある。

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上に登ってみると、その構造は明らかに人為的だ。なんであろう?

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その土手に沿って行く。この一画はかなり若い林だ。

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なにやら前方が開けてきた・・・・・

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藪は若干煩くなり、道らしき雰囲気は無くなった。そんなひと藪を越えると・・・

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ありゃ? これはマシマロの中身だ(笑)
そしてその向こうは上の牧草地!
う~ん、これはとんだ方向違いを進んできたようだ。
古道跡はもっと南にあると推定される。

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牧草地の縁に沿って、明らかな道の跡が残っていた。
ちょうど良い。
これを利用して市境線を目指そう。

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を! 有刺鉄線の柵柱に遭遇・・・・・ということは此処が牧草地の境界線=市境線と見てよさそうだ。
これに沿って下っていけば古道跡と交差するはずだ。

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不意に藪が消えた。東西に延びる道のようなもの・・・・・上の絵は東を見ている。

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こちらは西を見たところ・・・・・・
まさか、これが・・・・・・

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そのまま西に進むと、下の牧草地に出た。
そこはまさに前回うらめしげに眺めた藪の入口だった。

・・・・・なんか、しっくりこない・・・・・

ということで、続く。

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2007/08/30

Ωループの先

道の日ご一行様とランデブーに失敗したワタクシは「とぼとぼ」と古道を辿ってみる。

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駅前郵便局に立派な石柱があります。(ムム、釜石市気合入ってます。)

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付近には空家多し。
破れ障子とガラス戸に映える青空が目に痛い。

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なんか路地裏ちっくな雰囲気ですが、そこはさすが古道。石碑群が出迎えてくれました。

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さて、道がいよいよ山道になるところでワタクシはコースアウトします。
本当にひねくれた性格です。
だって目的が違うんですもん。今日は古道探索ではなく・・・・・

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あれが目的です。
予備知識の無い方は面食らいますよね。山奥に現れる謎の構造物。

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パターン鉄! 間違いありません。釜石線です!

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ここが、陸中大橋駅を出て最初にくぐるトンネルの出口です。
名前を第2大橋隧道と云うのですね。
特徴的な構造です。普通のトンネルポータルに被さるようにスノーシェードが設置されているようですが、たいして豪雪地帯でもないのに大袈裟な構造です。
まるでタージマハール風?
出口の天井が黒くなっているのはSLの煤でしょうか?
「ふっ、あんた背中が煤けているぜ。」←これがわかる人はもう少ないかも

Omega
地図で確認してみましょう。(numakoさん風)
陸中大橋駅(B)を出て北に向かった線路はΩ(オメガ)型にカーブしてA地点ではむしろ東を向いています。つまり270度方向転換ですね。
なぜ、こんな特徴的構造になったのでしょうか? 目的は?
答えは下の写真。

2007_08_10_266
え? 判らない? では9.1倍ズーム!

2007_08_10_267
陸中大橋駅(B)の標高約255m。ワタクシの今立っている第2大橋隧道出口(A)の標高は290m。
Ωループで標高差35mを稼いだわけです。
この区間が開通した昭和25年頃、鉄道の登れる限界斜度は25‰(1000m行く間に25m登る)といわれていました。
釜石線はこの先、上有住を経て足ヶ瀬まで限界に挑戦しながら標高差225mを登っていくのでした。

う~ん、今日の内容はマニアックすぎてついてこれない人多いだろうな_| ̄|○

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2007/07/20

仙人峠余話

来る8月10日は道の日。
仙人峠を歩くイベントがあるらしい。
すでに遠野ブロガー諸氏の何人かは参加表明をしているとのこと。

2007_06_09_072_1
良い催しですなぁ。
古の道が埋もれることなく保持できます。

同じことを旧笛吹峠や旧界木峠でもやって欲しいものです。(むりむり!)

ワタクシが6月に歩いた折、気になった処を2箇所ご紹介します。
道の日に登った際、見つけだしてみてください。
まず、一箇所め。2007_06_09_062

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道の両側に大きな木が衛兵のように聳えています。
なぜか山人の領域に入るんだ・・・という気になりました。

2箇所めです。2007_06_09_068
こんな看板が落ちています。

2007_06_09_069
看板の先を、そぉ~と覗いて見てください。
謎の道が(ええ、山猫的には道です)斜面を登っています。

大峰山への道だ。これは登らなきゃね。
え? 進入禁止? どこかに書いてありましたか?(爆)

ワタクシは遠野口から往復しただけですが、道の日のイベントでは釜石側に下るとのこと。
下りのほうがきつそうです。
お怪我のないよう、楽しんでください。

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2007/07/02

仙人峠越え(旧道)

梅雨の狭間は、日が差したり、曇ったり、小雨がぱらついたり・・・・・・
雲も低く、1000m以上の場所では霧の中であろう。
こんな時は早池峰とか六角牛山はさて置いて、こちらがお勧めです。↓2007_06_09_048
登り口(560.4m)で素早く山猫化し(w)さあ、行くぞ。

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所謂、古道ですから、こんな石碑も無造作に転がっているわけです。
古道と云っても昭和25年(1950年)に国鉄釜石線が全通するまでは遠野-釜石間唯一の幹線道路だったわけで60年近い時を経た今も道形はしっかりしています。

2007_06_09_053
道は急登になることは決して無く、九十九折れが基本。そしてこのような切り通しも随所に見られます。

2007_06_09_055
この看板は・・・・・それよりも各所にあったであろう里程標石を復活させたほうが雰囲気にマッチすると思いますが・・・・・

2007_06_09_085h
これは結構麓にありました。十七という文字が辛うじて読取れました。
つーことは、少なくとも17個はあるっちゅーわけやな。
しっかし、赤ペンキはあかんやろ~!

尾根の乗り越しまでは緩やかな登りだ。
歩きやすい道だが、湿気が多いので、汗がじと~りと湧き出てくる。

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尾根の乗り越し(755m)にあったストーンサークル(嘘)
これは炭焼窯の残骸かな?

2007_06_09_058
しばらくはトラバースが続く。
ご覧のとおりの幅広な道です。

2007_06_09_061
第2の尾根乗り越し地点(820m)
どちらかというとそれまで暗かった雰囲気が無くなり、峠は近いぞ! という明るさを醸しだしています。

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見えてきました。

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仙人堂は既にありませんが、御神体は健在のご様子。

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峠の北には小さな石祠

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南に踏み跡あり。近くの送電線鉄塔までは難なく行けるようです。

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で、東(釜石側)は草付きの気持ちよさげな道が続いておりました。

2007_06_09_083
展望は大したことはありません。
見えているのは名も無き936m独標。
中腹に大きなガレがありますが地図には載っていません。鉱山跡でしょうか?

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ネマガリダケの筍を見つけ出し、生のままガリリと齧った。
水を飲んだ。
それだけで満足だ。
筍を少々戴き往路を引き返す。
途中から空が泣き出したが、広葉樹林の天然の傘のお陰で大して濡れずに麓に着いた。

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2007/06/21

界木峠古道

その昔、駄賃付の衆が通った大槌街道。
東海岸へ抜けるために峠越えは避けられない。
笛吹峠と並ぶ、峠・・・・・・それが境木(界木)峠です。

峠に至る道筋は現代の林道とは少々異なっています。
そんな古道跡を探りに、緑濃い季節となりましたが、貞任高原の一角を彷徨ってみました。
まずは拙い地図を見ていただきましょう。2_2
今回の目論見はA地点から登り、峠を目指すことでした。
しかし・・・・・・・

2007_06_08_109
あれまぁ・・・・周囲は牧草地として開墾中でした。地図を片手にうろうろしている山猫はアヤシさの極致だったのでしょう。作業中の方が近寄ってきました。
「何しとる?」
「古い峠道を探しています。」
「無理だと思うよ。この辺りみんな掘り返したからな。」

一歩遅かったようです。本当は斜面を登って行きたかったのですが、作業中ということもあり断念です。
しかし、A地点にポツンと縦長の林が残っていました。2007_06_08_111周囲を鉄条網で仕切られた状態・・・・・・・・

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ある程度古い木も残っていました。

2007_06_08_113
道の跡に見えなくも・・・ない・・・・しかし傍証がない。

消化不良のまま、スリーグリーンラインを少し戻り、B地点へ移動。
ここは古道が交差していたと思われる箇所です。

2007_06_08_124
お、林道があります。これは、もしや古道とダブっているのか・・・・・辿ってみると・・・・
急に視界が開けました。

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また、気持ちの良い牧草地だこと!
サマーベット持ち込んで昼寝したいね。(笑)
いやいや、今はそんなことより、古道よ、こ・ど・う!

古地図によるとこの尾根の右下を古道が通っていたことになる。
林道が途切れて牧草地が始まる場所に、ちょいと気になる場所がありました。

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林道と分かれる道のような開放空間・・・・むむむ・・・・ これを進むと牧草地と林の境界線・・・・斜面の途中に出来た妙な平坦地を進む形になります。
笹が腰くらいまで被り、歩き難いです。

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そしてC地点から西を見ています。 妙に平坦なのがお分かりになりますでしょうか?

2007_06_08_120
C地点から東方、林道方面を見返りますれば、むむむ、実に怪しい道径が浮かび上がってくるではありませんか!

落ち着け落ち着け!
単に、牧草地を開拓する際に使用した林道跡かも知れないじゃないか・・・・・
でも、古地図をトレースした限りでは、この場所こそ正に古道が通っていた辺りだ。
しかし惜しいかな傍証がない。
石碑とか石畳とか石垣とか・・・・・

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枯れた季節に再度挑戦です。

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2007/05/21

笛吹峠古道

この度の遠野行きの最大の目的、遠野物語が発刊された当時の笛吹峠をトレースする事!

話は今年初めに遡る。
秘密組織「トネーゼ」の一機関「沼独句機関」からの貴重な情報が発端だった。
大正年間の笛吹峠の地図!0001095
これを現代の国土地理院秘蔵の 1/25000図に転記かつ峠付近を拡大してみました。Photo_6
過去ログでも触れましたが、昔の笛吹峠は現在の峠より、かなり北を越えていたのです。

この古道を特定すべく、山猫は現笛吹峠手前からダートへ侵入したのだった。
手掛りは2つ。
古地図に記された峠の標高・・・・・・862mとなっている。
それと遠野物語93話に描かれた峠付近の風景・・・・・「名に負ふ六角牛の峰続きなれば山路は樹深く、ことに遠野分より栗橋分へ下らんとするあたりは、路はウドになりて両方は岨(そば)なり。
この手掛りに合致する場所のあたりを行くと現林道がまさに切り通しとなっている光景に出くわした。(A地点)

2007_04_30_100
地図上でも切り通しのマークがついている。 上の写真は南を向いたところ。
あくまでも推測だが、古道と林道はこの地点では合致しているのではないだろうか?

2007_04_30_102
A地点から北を向いたところ。
林道は東向きにカーブして権現山(死助)の斜面を登っていきますが、古道はほぼ等高線沿いにトラバースして山口の厚楽へ通じていたと思われる。

2007_04_30_101
しかし、明確な路の跡は見当たらず、でした。

では旧笛吹峠を探してみましょう。

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林道を南に下って、築堤が終わる辺りで飯豊からの「塩の道」を合わせて古道は峠を越えたはず・・・・・・しかし峠と思われるところは一面の牧草地となっていた。

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遠野物語93話の「樹深く・・・・」の表現とは全く異なる風景だ。牧草地を歩いてみる。

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なんとはなしに 一筋の道のようにも見える窪み・・・・・アヤシイけれど何の根拠もない。

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牧草地がつきてヤブとなる。
もしかしたらこの先に峠の遺構でも残されているのでは??
しかし、この日は午前中に六角牛山を攻め、迂闊にも山猫モードを解除していた。
なによりももの凄い倦怠感と眠気が波状攻撃を仕掛けてきており、ヤブに突入する気力が起こらなかった。
おのれ~! 妖怪睡魔君め!

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振り返り見れば独標882mの辺りを怪しい切り開きが通っているように見える。
あれが塩の道跡なのか? はたまた植林のための道なのか?
しかし、もう山猫にあそこまで侵入する体力は残されていなかった。

なんとも中途半端な報告である。
万全を期して再調査したい。けど、いつ???

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2007/01/27

探索! 3本の古道

遠野物語に何度も登場する有名な峠。
笛吹峠と界木峠。

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笛吹峠の遠野分

Sakaigi_touge
界木峠の大槌分

今も名前が残り、自動車で通行出来ます。
が、しかし・・・・・・
遠野物語に書かれた時分の峠道や其処に至る道筋は現在と一緒なのだろうか?
そんな疑問で悶々としていた時、numakoどん(沼独句機関とも言うw)の報告書で古地図を拝見した。
なんとも今と道筋が全然ちがーうよ(ケントデリカット風)
で、現在の国土地理院秘蔵(?)の2万5千分の1地形図に転記してみたところ

2
色々と興味深い事実が判明してきました。

①笛吹、境木(昔の表記)両峠とも現在より北側を通っている。
②飯豊から峯伝いに道があり、これが「塩の道」と思われる。
③山口から直接、笛吹峠へ行く道は表記されておらず、境木峠越えの途中、
 厚楽から点線の山道が続いている。

同時に疑問が・・・・・・

①厚楽からの点線山道が古の道なのだろうか?
②山口集落を通って笛吹峠へ行く道は無かったのだろうか?
③山口-笛吹峠-大槌のルートは大正時代には既に廃れていた?

これは雪が消えた頃に現地踏査が必要ですね~。
チェックポイントは以下のとおり

①笛吹峠、境木峠の旧道跡を探査せよ。
②旧笛吹峠においては死助権現の形跡も探ること。
③旧境木峠においては新田乙蔵爺の茶屋跡も探ること。
④山口集落から直接笛吹峠を目指すルートを探査すること。
⑤飯豊から笛吹峠へ続く「塩の道」と「ブンダ峠」を探査すること。

本作戦は以降、「乙爺作戦」と呼称します。
撃鉄起こせ! 「安」「空」⇒「火」「実装」www

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2007/01/10

89話の道

過去2回に渡って、この近辺の話題を採り上げてきました。
「yamaneko山人になるの巻」「100年前の事件を再調査するの巻」である。
今回はその集大成です。

和野の某が柏崎へと歩いた道筋を山口方面から辿ってみたいと思います。

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これ、どこだべなー?

2006_11_26_060
答え
毎度毎度右折するのに肝を冷やす三叉路がこんな風に見えます。

2006_11_26_068
これどこだべなー?
答え・・・・・・前方の橋は通称「ぎっくら橋」なんて呼ばれています。
実は此処に古道と思われる道の入口がありました。

2006_11_26_069
これです。
まるで他所様の家の背戸へ通じる道のようですが・・・・・
じきに林と畑地の境を行くようになり、大変趣き深い道となります。

2006_11_26_076
まさに愛宕山(象坪山)の裾をめぐる道だ。
これがどの辺かというと・・・・・

2006_11_26_077
田んぼの向こう、国道340号線を見下ろしています。
おっと、左やや上に見えるのは、遠野通い人の一部で有名な石碑では?(笑)

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道はいよいよ柏崎の民家が見えるところまで来た。まわりは雑木林だ。

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愛宕神社前で古道は憑き物が堕ちたように明るい道になる。
しかし 100年以上前、和野の若者某は、まさに此処で左手から山を降りてきた山の神と鉢合わせしてしまったのだ。

次回は山の神が居た愛宕山を探ってみよう。

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2006/11/26

いにしえの道

いにしえの道

昔の人が異世界の人々に接近遭遇した道を歩いた。

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2006/08/26

旧道を行く

愛宕神社の麓、愛宕橋と風の丘を最短で結ぶ田中の道がある。

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踏切を渡り、ややくねりながらも一直線に愛宕橋を目指す。

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出発点の愛宕橋

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風の丘の下、釜石線の踏切にこの道の正体が銘記されていました。
「旧日詰街道」

ということは紫波町までこの道は通じていたわけですね。
今の遠野街道の旧道ですか。
そういえば、この辺りは昔、寒風と呼ばれていたんですよね。

柳田国男は遠野物語の中で

小字よりさらに小さき区域の地名は、持主にあらざればこれを知らず。
古き売買譲与の証文には常に見ゆるところなり。

と語っています。

意外と鉄道の踏切名に昔の土地の名前が残っていたりする。
踏切侮るべからずですよ。

ちなみに、この旧日詰街道はこの後、羽黒岩前を通りR396に吸い込まれていきます。

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