2009/09/10
2009/08/19
いろはの“い”
早池峯の大スペクタクルを満喫した山猫は、そそくさと小田越を後に、次の場所に向った。
そういえば、早池峯の下りで古傷の左膝裏がぴきぴき痛んでいたが・・・・・

午前8時13分
一歩を踏み出す。
5,6歩目で左膝の痛みを認識する。
下りで痛むことはあったが、登りで痛むのは初めてだ。

5分で滝のような汗に見舞われる。
ううむ下界は暑いぞ!
で、登るのかえ?
引き返したほうがいいのではないかえ?

午前8時23分
二の鳥居到着。
これは登山口にあった行程表とおりのタイムだ。
ということは、ペースはいつもの7割くらいか・・・・・・・
それは自覚していた。
なんとも足が重だるいこと!!

午前8時46分
馬止め、籠堂に到着。
ここまでもコースタイムとおりだ。
主観的にはコースタイムの倍くらいかかったような気がするが・・・・・
しかし、この先は石上山の試練パート1だ。
むのひょ~~~~、な急登りが待っている!!!
もうペースは10歩につき10秒息継ぎ、30歩で30秒立ち止まり・・・・_| ̄|○

こちらに着いたのは午前9時27分。
籠堂から中之堂までの標準コースタイムが25分に対して、ええっと27+14・・・・・_| ̄|○
ここで朝飯タイムをとってしまった。
本当なら頂上で迎えるべきだったのだが・・・・
体力チャージを済ませて、さあ出発だ!
標準タイムとおりに10分で登りつめてやる!
続石(さすが)は修験の山である。
痛めた足の持主としては、出来れば避けて通りたかったが・・・・・

到着した瞬間、達成感より先に安堵感を感じました。
さてコースタイムは・・・・標準10分に対し・・・・・・・ 13分か、、、、、、

へたり込んだ山猫は、もはや三角点ピークまで行く気力なし。
そのまま寝不足解消モードに突入する。

うたかたの夢うつつの中で山猫は下山終盤だったが、はっと気付けば石上山の頂上で日和っていた。
午前10時14分に石上山頂を謝し、登山口に11時15分到着・・・・・
その間のもがき苦しみは述べません・・・・・
下山に1時間かかったことでお察しくださいませ。
で、なんとか・・・・・
二 丁 あ が り!
2009/08/17
いろはの“は”

暗闇に浮かび上がる「オールドかりんちゃん」 午前1時20分
・・・・・・・・・む、少しは寝られたかな?
もう登りたい衝動は抑えられない。

フラッシュを焚くとオーブ状の霧が写る。
さぁて行くか!
時に午前3時22分・・・・・・これでも正直遅いのだが。。。まぁ仕方ない。
足元が見えないかって?
これが、な~んとなく見えるんですよ。
光源は低い雲とこいつ↓
ええっと、金星ではありません(w 三日月です。
しかし、林間差し込む月光は、まるで銀の砂を巻き散らかしたかのような、息を飲む美しさ。路もその光が照らしてくれます。
え? その絵はないのかって?
では、どうぞ!

あーそうですよ! 失敗したのですよ!
でもですね~、あの銀色の砂が降る暗い森は必見ですよ~。

午前3時54分
北国の夜明けは早い!
1合目の森林限界を越えたところで夜が白み始めた。

光の矢が空を切り裂いた。
もしやと、後ろを振り返って見ると・・・・・・

そこに妖しの姿が・・・・・
あ、あの・・・・あなたが神様ですか?
とんでもねぇ、あたしが神様だよぅ。
いえいえ、茶化してすいません。
ご来迎・・・・・ブロッケン現象ですな。
初めて遭遇しました。

雲海の彼方に浮かぶは岩手山。
この時間帯、2000m級の山々のみが雲の上の空気を堪能できた。
再び振り返って見ると・・・・・・・

おぉっふ!
今度は「早池峯大明神」御ン自ら、ご来迎と化している。
ああ、ありがたやありがたや
できるなら、ここでずっと絶景を眺めていたいが、そうもいかない。
午前5時37分 下山開始。

午前7時10分 下山完了。
とりあえず、一 丁 あ が り !
つーことで
このシリーズはあざとくも
つ づ く!!!
2009/05/23
Dawn of a man
寒風から綾織方面へ旧道を行くと、右手に見えてくる存在感たっぷりのオブジェ・・・・・

いやいや、これこそ人類に進化の夜明けをもたらした「モノリス」であろう。
*やはりBGMはコレ(w
はい、しょーもない「ボケ」は、これくらいにして(笑)
ここは羽黒岩への入口。
遠野物語拾遺10話ゆかりの地です。
岩まで400mか・・・・・一瞬よぎる不安(w

いくら里近くといっても、400mも進めば、そこは深山幽谷な雰囲気 。
夕暮れ時や朝早くは「クマー」の恐怖もある。

やがて見えてくる大きな岩。
写真では表現しきれていないが、これは巨大だ。
遠野物語拾遺10話によれば、在ったのは「羽黒様」
まぁ、羽黒山は出羽にあるので、こんな呼び名の変遷もありなのかな?

さて、いよいよ大岩に近づいてみようか・・・・・・
遠野物語拾遺では「とがり岩」と称されていたはず。
それが今では羽黒岩と呼ばれている。
まぁ、「羽黒様のとがり岩」が短縮されて「羽黒岩」になったものと推定可能だ。
日本人の短縮好きは昔からなのだね。
「前略」とか「以下同文」とか・・・・ちょっと違うか(www

いや、どうでもいいけど、この岩は大きい。
近づくとデジカメでは全容が捉えられない。
かといって遠のけば大きさが伝わらない。

巨大なものに対する畏れが信仰を生んだのだろう。
羽黒岩と呼ばれる以前からの古い信仰と思われる。
物語拾遺に描かれた内容も、興味深い。
松ノ木とおがりくらべをしていた「とがり岩」を見た天狗が、石の分際で樹木と丈競べをするとはけしからんと言って、下駄で頭を蹴欠いた。
これは、古い信仰と新しい信仰の争いを表現しているのではないだろうか。
土着の巨石信仰に対し、羽黒派の修験者が挑んだ宗教戦争だ。
その結果、古い信仰の象徴を穢し、葬る行為として巨石の一部を破壊し、
己の信仰の偉大さ強大さを誇示した。
それが「天狗(修験者)」が下駄で岩を蹴り欠いたという伝説に凝縮されたのではなかろうか。
2009/01/21
とんのみ遭遇譚
2009/01/08
真冬の夏に歌心
光興寺から猿ケ石川の右岸(上流から見てね)沿いにひた走ってきた山裾の道。
矢崎の手前に遠野物語ゆかりの明神様があります。

看板の場所から細い山道を登っていくと、すぐに御堂が見えてくる。

立派な鞘堂に守られておりました。
おや・・・・銘板の辺りに場違いなものが・・・・
ズームインしてみましょうか。

こちらにも・・・・・
雨風雪にめげずによくぞしがみついていられたものだ。
真冬の山で、思わぬに夏の残滓を見出した。
俳諧では蝉の抜け殻を空蝉(うつせみ)と表現する。
夏の季語であるが、冬の空蝉もなんか妙に感動する。
そこでガラにも無く一句詠んでみた。
静けさや お堂に凍みいる 蝉の殻
(講評:盗作とは言わないが、芭蕉さんに怒られるぞ)
殻の蝉 負けるな山猫 此処にあり
(講評:だめです。これも一茶さんに怒られます。)
耐え難きを耐え しがみ付きたる 蝉の殻
(講評:・・・・・・・・・)
忍び難きを忍び 空蝉風に 吹かれけり
(講評:もう勝手にしてください)
耐え忍び 空蝉冬を 迎えけり
(講評:そうそう、救いがたい駄作だけど、オリジナルで勝負してね)
騒がしき 声も懐かし 冬の空蝉
(講評:いいんじゃない? その調子で頑張ろう)
中には誰も 居ませんよと 空蝉言い
(講評:また元に戻っちゃったよ)w
空蝉や 犬のように 働けリ
空蝉は 丸太のように 眠りたり
空蝉や リストラ遭って 鬱になり
大家来て 家賃払えと 空蝉に言い
御堂を抱いて 輝く空蝉よ 神話になれ www
2008/10/17
百合の神社
2008/09/30
変化の地

マクロとまではいかないが、接写している限りは、変わらぬ雰囲気

しかし、変化が最も著しい界隈のひとつになってしまった。
あ、時間だ。。
続きは帰ってきてから・・・・・
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ただいま~(笑
さて、じゃあ、続きを・・・・・・・
こちらにお邪魔するには、この道をまっすぐに進み・・・・・

家を越えたところにもあったはずの道はもうない。
代わりに新しい道が出来ていた。

まるで原田泰造のように
「曲がったことが大嫌い」な道だ(これが判るシトはそういまいw)
そして知った。
かつて不安感と戸惑いに駆られたあの一瞬はもはや味わえないのだ。と・・・

屋敷のおんにゃ(御庭)や納屋をかすめて通って初めて目にする感動は潰えた。

街中に堂々と「会下家の十王堂〇〇m」という看板があるにも係わらず、場所は個人宅の裏庭という何とも凄まじく遠野的であった名所は、晴れて誰でもの目に触れるメジャーな観光スポットに変貌しました。
雰囲気は変わっても、此処が遠野物語に描かれた場所であることに変わりはありません。
でも、ちょっとだけ過去に遡ってノスタルジックになりましょうかね。

かつては、このやうな個人宅の御庭を横切って訪問していた(或いは田圃の畦道を遠回りして)いたのですよ~。
どちらが楽でどちらが楽しいか・・・・同じ漢字なのに感じ方はまったく違うもんですね。
2008/09/11
親なら1500点
2008/06/16
2008/06/10
2008/04/15
くゎっと大きな眼で
遠野物語拾遺第187話の舞台となった場所を訪ねてみた。

ほれほれ、遠野物語フリークの足を止めさせる看板が(w
当然、ワタクシの足も釘付け(爆)
この拾遺187話は流し読みすると、なるほどね・・で終わってしまうが、謎は多い。
物語の主舞台になったのは寺の本堂である。旅の僧と寺男に化けた狢との一騎打ち。
旅の僧は寺男をかっと大きな眼で睨めつける。すると何を隠そう・・・・と狢が正体を現す。
なぜ、寺の後ろの山に狢堂があるのか・・・・

確かに寺の裏山にお堂はある。
しかも親切に整備されている。訪問者が多いということですかな?

しかし、遠野物語拾遺では「狢堂というお堂があった。」と過去形で語られていた。
拾遺の採話時にはお堂は無かったということか・・・・・
拾遺187話を勝手に補足すると・・・・
本堂の屋根から九つに切れて落ちてきた狢を、旅の僧は敵ながら天晴れと讃え、堂を構え弔ったのである。しかし、その後年を重ねるにつれて狢堂の意味が廃れ、お堂も朽ち落ちた。いつしか伝説のみが残っていたが、遠野物語に採話されたことにより、土地の有志が浄財を集め、狢堂を再建したのであった。どんどはれ
以上、つじつまを合わせるために妄想率400%で考えました。(爆)
ワタクシ、物語の本質を確かめるために、くわっと大きく眼を見開いてお堂へ向かいましたが、目線の先には・・・・・
2008/03/24
石臼を探して
2008/03/22
怪しい中年探偵団~ホウリャウ乱入
ジャウヅカ森を制覇した「怪しい中年探偵団」はその怪しさに磨きをかけ、いまや近所の犬も尻尾を股の間に入れ、声を潜めている(爆)

次なる探索地は此処!
遠野物語では拾遺 125話で「宝竜ノ森」と記述されている。
運良く、此方の別当を務める方が林檎畑の手入れをされていた。
aboutさんはすでに顔なじみ。
「こんにちは、拝みに来ました。」
すると、
ななな~んと堂に案内して戴けることに!

これこれ、別当どんを差し置いて先に行くとは・・・・
いやいや、こういうシッチュエイションで中年探偵団を止められる人はこの世にいません(爆)
(真相は、別当どんが長靴ではなかったので、先行ラッセルしてたのす。)

今日は別当どんのお墨付きがあるので、突っ込んだ調査が出来るとあって、笛吹童子さん、aboutさんの鼻息は荒い(w

古き答礼を調査中・・・・
これにより建立時期が判ることもあるという。
一番古いものは江戸時代は文化文政の頃まで遡るという。
そして修験者との係わりが明らかになった。

アカデミックな探究はお二人にお任せして(w ワタクシは羽目板の隙間から林檎畑をデジったりしている。
(本当に役立たずの困ったちゃんだ
)

ホウリャウを堪能した怪しい中年探偵団+1な面々は意気揚々と引き上げるのであった。

この新しい鳥居を巡って、この後熱いトークが展開されたことを記して「怪しい中年探偵団」 復活譚を締めくくろう。
ぼ、ぼ、僕らは中年探偵団♪
妖気爛々(らんらん)酒ヤケの色♪
夕焼け空に木霊(こだま)する♪
あ、あ、怪しい中年探偵団♪
またいつの日にか逢いまみえんことを!
2008/03/21
怪しい中年探偵団~ジャウヅカ森急襲
ぼ、ぼ、僕らは中年探偵団♪
妖気爛々(らんらん)酒ヤケの色♪
夕焼け空に木霊(こだま)する♪
あ、あ、怪しい中年探偵団♪
あの怪しい面々が1年の時を経て帰ってきた!![]()

集合場所は「えしぇくれ松」(w
「えしぇくれ松に11:00集合ね。」
この一言で皆間違えずに集まることが異常ちゃ異常(爆)

メンバーは1年前と同じ4人。
aboutさんと笛吹童子さんのアカデミックコンビが文献を持ち寄り本日のターゲットを研究する。
その光景をただデジるだけのワタクシ(爆)

はやぐはやぐ! 場所はわがってるがら!
とらねこさんが先行する。
どなたかが側溝にはまったやうな記憶が・・・・はてどなたでしたっけ(爆)

かくして、怪しい面々が雪原を行く!
目指すは遠野物語にも記述がある「ジャウヅカ森」だ。
和野にジャウヅカ森といふ所あり。象を埋めし場所なりといへり。ここだけには地震なしとて、近辺にては地震の折にはジャウヅカ森へ逃げよと昔より言ひ伝へたえり。これは確かに人を埋めたる墓なり。塚のめぐりには掘あり。塚の上には石あり。これを掘れば祟りありといふ。 (第113話)
久しく場所が判らず、もんもんとしていましたが、aboutさんのご努力により場所が特定されました。

あいかわらず、ましらの如き足の速さ・・・(爆)
バージンスノーに探偵団のラッセル跡が刻まれます。
この時のワタクシ、先日の雪中行軍の筋肉痛に加え、風邪をこじらせており、追いつけましぇん(爆)

やがて雪原が尽き、林の中を登ります。
とらねこさんの早いこと早いこと・・・・舘とか塚になると数段パワーアップするようです(w

う~ん、全然判らない・・・・・・
しかし、ヤブをかき分けると・・・・・・・

なるほど・・・・
得体の知れぬ石塔の立つを見る。
またもや遠野物語に記され、今もなお残存している場所に巡り逢えました。
これもひとえに怪しい中年探偵団の皆様のお陰です。
単独では到底到達できませんでした。
ありがとうございました。
2008/03/16
白い不動堂
昨日、下総セントラルドグマ(w では19℃まで気温が上がりました。
モンシロチョウがひらりひら~りと飛んでいましたよ。
青い彗星号は本日めでたく5回目の車検入院から退院して参りました。
しかし、ラジエーター周り、ブレーキ周り、燃料ホースがこの先どこまで持つか微妙な状態・・・・今回はベラボウな修理料金に腹を立て、交換を見送った。
おそらく、これが最後の車検となろう。
本日はさらに春めき、もしかしたら20℃を越えるかも知れません。
そんな春爛漫の中、敢えて白い世界のエントリーをするワタクシは空気の読めない偏屈者か(w

真冬というのに穏やかな天気に恵まれた。
気温は辛うじて氷点下というところか・・・・

梢から雪がさらさらと舞い落ち・・・・・
てか、江守徹的不動様が古葉監督の如く(w
(もはやこの1行を理解出来る人も少ないだろう)

おっけそうな鳥居につっぱりかって・・・・(この遠野語合っているかなぁ~)
そうしないと、すぐにツイストを踊りそうだ。

竹箒と・・・・・と・・・・・・
呼び名が判らん_| ̄|○
ま、どっちにしてもこの山深きお堂を祓い清める道具であることは確かだ。
今頃はこの白き不動堂もまだら雪の世界となっていることだろう。
2008/03/03
冬への挽歌①~トンノミ
2007/11/02
晩秋にオマク走る
2007/10/25
2007/10/16
2007/10/10
会下家の道標
会下は(えげ)と読みます。
地名ではございません。個人のお名前でございます。

「会下の十王堂」
この表記でピンときたら、貴方様は遠野物語フリークです。
此処はアプローチが難しいのでございます。 
完全に個人の御宅の裏庭です。
しかし、今回お伺いしたところ、新しい看板が出来ていました。
以前は標柱のみ、今回は矢印看板が・・・・・これはどうしましょうか・・・・・おそるおそる侵入すると・・・・・・

御庭の先に新たな看板が・・・・・ええ? このタンクの中に入るのすか?
そんなワケはないのでございます。

母屋と納屋の間をすり抜ける。
もう気分はドロボウそのもの・・・・・抜き足差し足でございます。

トイレがありました。これは個人で使用しているものでしょうか?
それとも観光客向け?

無事、十王堂に到着です。
なんともアプローチが楽になったものでございます。
そう・・・・最初に庭を横切る勇気さえあれば・・・・・普通はこれが出来なくて田圃の畦道なんかを歩いてゆくんでございます。
は?
十王堂の説明でございますか?
今日はここまでにしとうございます。
おほほほほほほほほ(斎場方面に遠ざかるドップラー効果)
2007/09/11
安倍屋敷
遠野物語68話
土淵村には安倍氏といふ家ありて貞任が末なりといふ。昔は栄えたる家なり。今も屋敷の周囲には堀ありて水を通す。刀剣馬具あまたあり。(以下略)

かっぱ渕の隣がその安倍屋敷だという。
初めて訪れた時から気になっていましたが、なにせモロお隣の民家の庭先ですから・・・

でもまぁ、案内板にある稲荷社まではセーフかな?
毎度のことながら遠野通い人のジレンマです。

稲荷堂の奥に濠跡と思われる水溜りがありました。
案内板には稲荷堂は南部統治時代に甲州から養子に来た人が勧請したそうで、400年以上の歴史を誇るといい、山伏が集まって「ダンビラケ」なる儀式を行っていたという。
400年前、山伏・・・・・なにやら金属のにほひがしてきますよ・・・くくく
2007/09/01
天狗森~続山岳五重(苦)奏
遠野物語90話
松崎村に天狗森といふ山あり。・・・・・・中略・・・・・・天狗森には天狗多くゐるといふことは昔より人の知る所なり。

90話はかなり恐ろしい結末が待っている。
そんな山に登るワタクシは一体なんなのさ?(汗)
遠野物語とは別に伊豆権現から早池峯へ続く不思議なレイラインの通過地点でもある。
早池峯山頂から見ると前薬師と天ケ森が同じような神奈備型の山容で重なって見える。

「2001年宇宙の旅」のオープニングで月、地球、太陽が重なる場面を連想させる。

山頂にあった古峯山の石碑と鉄剣。
何も無いと思っていたので「うれしい」発見だった。
山頂は以前に刈払いをしたような跡があり、東の方角には何となく踏み跡らしきものがあった。獣道なのか古い参詣の道なのか・・・・いずれにしても松崎の方々が朝な夕なに眺めるお馴染みの山でありましょう。

おっと見逃すところだった。三角点・・・・は何処かいな?
しかし標柱を齧ったのはどこのどいつだぇ?
白望山のも盛大に齧られていたなぁ。国土地理院の標柱は美味しいのだろうか?(爆)

二等三角点・・・・
三角点の標石は表面(刻字された面)が真南を向くように設置される。
つまり裏面は真北を指しており、その指し示す先には早池峯があるのです。

唯一展望が利いた地点で高清水山を見る。
向こうは牧歌的な風景で観光客もチラホラ訪れるというに・・・・こちらは・・・・あぶが耳元でぶんぶん飛び回り・・・・
ああ、もう八月虻(うるさい)!
でもそんな天ケ森も嫌いじゃない。
この日の夜、プチぶれんどの集いで名梨様から天ケ森に鉱山があった話を聞き、益々興味をそそられた。
脳みそが酒粕状態だったので鉱物がモリブデンだったかアンチモニーだったか定かではないのですが、特殊鉱物と天狗様・・・・・修験のにほひがぷんぷんしますな。
遠野物語90話で天狗の祟りを受けた若者何某、実は鉱山の秘密を知ったために口を封じられたのかも知れない。(ををー! 飛躍したぞー!)爆
2007/08/31
山岳五重(苦)奏
これは遠野郷が記録的猛暑に襲われた時分、高さ1000m以下の里山に登った大馬鹿者の記録でやんす。
真夏の藪山に登るなんて○カとかへ○○イと言われても仕方ない行為だぁね。

ここがクルマの限界点。
左に行けば石羽根に抜けられるが、右は軽4駆の世界だ。仕方ないので「青い彗星号」は路駐させておいて山猫に変身する。途端に寄ってくるアヤシの影・・・・・・
「えっへっへ、旦那、ちょいとでいいんで血ィ吸わしておくんなまし。」
アブである。
大小合わせて10匹ほどぶんぶんと飛び回る。

右の林道を歩くこと数分で広場に出た。
ここで道は3方に分かれる。左の道が一番歩き易そうだが、この道は目的地からそれてしまうので、真ん中の道を行くことにする。アブご一行様もますます数を増して付いてくる。

やぶやぶ・・・・あぶあぶ・・・・・ぶんぶん・・・・・・あぢあぢ・・・・・・
その後林道はあらぬ方向へ進みだしたので藪を漕いで強引に尾根上へ方向転換。

お、見つけたぞ。これは土地調査の時の境界標だ。
しかし・・・・
やぶやぶ・・・・あぶあぶ・・・・・ぶんぶん・・・・・・あぢあぢ・・・・・・

お馴染みの山が背後に見えてきた。
道は無い。腰丈の笹藪である。厄介なのはトゲトゲの潅木が混じること。
やぶやぶ・・・・あぶあぶ・・・・・ぶんぶん・・・・・・あぢあぢ・・・・・・ に「いでいで」が加わって
五重苦の世界だ。
これを山岳五重(苦)奏と呼ぼう。(苦笑)

藪に埋もれた石碑に蹴躓いて苦行は終わった。
わけのわからないまま続く・・・・・
2007/07/09
2007/06/27
2007/06/03
2007/05/30
旗屋の縫
遠野物語の随所に名を残す当代きっての名猟師。
「旗屋の縫」
代表的な話はやはり32話ですね。この話では「何の隼人」と名前を暈されていますが・・・・

千晩が嶽(せんばがたけ)は山中に沼あり。この谷は物すごく腥き臭のする所にて、この山に入り帰りたる者はまことに少なし。

昔何の隼人といふ猟師あり。その子孫今もあり。白き鹿を見てこれを追ひこの谷に千晩こもりたれば山の名とす。

その白鹿撃たれて逃げ、次の山まで行きて片肢折れたり。その山を片羽山といふ。

さて前なる山へ来てつひに死したり。その地を死助といふ。死助権現とて祀れるはこの白鹿なりといふ。

旗屋の縫なる名猟師は実在しました。
今もこの地に末裔の方が住んで居られます。

ご本尊の写真が飾られていました。
32話の内容はこの地方に伝わる普遍的な昔話を焼きなおした内容なので、あやふや~としていますが、旗屋の縫が此の山々を駆け巡り、猟をしていたのは事実だと思います。
2007/04/13
続石
2007/03/22
馬木ノ内
遠野物語拾遺189話
上郷村佐比内の佐々木某という家の婆様の話である。以前遠野の一日市の甚右衛門という人が、この村の上にある鉱山の奉行をしていた頃、天気のよい日であったにもかかわらず、にわかに天尊様が暗くなって、一足も歩けなくなってしまった。そこで甚右衛門は土にひざまずき眼をつぶって、これはきっと馬木ノ内の稲荷様の仕業であろう。どうぞ明るくしてください。明るくしてくだされたら御位を取って祀りますと言って眼を開いてみると、元の晴天の青空になっていた。それで約束通り位を取って祀ったのが、今の馬木ノ内の稲荷社であったという。

この物語を読んだとき、これは科学的に説明つけられるはずと考えた。
物語の時代は幕末(1859)から明治初め(1873)まで佐比内鉱山が稼動していて奉行なる役職がいた間ということになる。

さて、甚右衛門さんが遭遇した、天尊様が急に暗くなる現象だが、素直に捉えれば日食ということになりますな。

過去に岩手県で見られた日食を調べてみると鉱山の歴史と合致するのはひとつだけ。
1872年6月6日 最大86%が欠けたらしい。

欠けはじめは11時13分。最大時は12時58分。欠け終わりは14時36分。
よっしゃ、これで謎は解決だ。
しかし、待てよ。甚右衛門さんこんな長い間突っ伏していたのかな・・・・・・・???
実際、単に貧血を起こしただけだったりして(笑)
鉄鉱山の奉行なのに鉄不足とは(爆!)
ま、結局のところ真相はよくわかりません。
2007/03/08
葦毛の駒にまたがり
上郷は細越の裏道を流していると、こんもりとした森に遭遇した。

やはり、そうであった。
遠野物語拾遺36話
上郷村字細越のあたりと思うが、トンノミという森の中に古池がある。故伊能先生は、鳥海と宛てるのだと言って、よくこの池の話をせられた。ここも昔から人の行くことを禁せられた場所で、ことに池の傍に行ってはならなかった。これを信ぜぬ者が森の中にはいって行ったところが、葦毛の駒にまたがり衣冠をつけた貴人が奥から現われて、その男はたちまち森の外に投げ出された。気がついて見れば、ずっと離れた田の中にうつぶせになっていたという。もう今ではそんなこともなくなったようである。
この場所が何処にあるのか、ずっと探していた。
この話の中でも、葦毛の駒に跨った貴人が森の奥から現われるくだりはぞくぞくするほど気に入った!

社の背後、森の中に半径2mほどの池が広がる。
湧き水であろう。エメラルド色は底の藻に由来する。神秘的だ。

社の中には「白山姫神」の石碑と、竜に乗った女神の絵が祭られている。
神々の世界については勉強不足で言及できない。

しかし、この神が水源地を守り、豊饒を約束することは間違いあるまい。

朽ち果てた大木の切り株。
昔はもっと鬱蒼とした森だったであろう。
気のせいか・・・・池の端に近づいた途端に、寒風激しく雪が舞い始めた。

葦毛の駒の貴人は現われなくても、伝説は生きているようだ。
今でこそ仙人峠道路(建設中)が間近に迫り、近くに車道もあるが、30年前此処は国道から遠く離れた寂しき地だったのです。(下記航空写真参照:中央少し下の丸い森)

日照りの時、早瀬川は干上がっても、トンノミの湧き水は枯れなかったのでしょう。
それ故、人々は此処を崇め、穢れが及ばぬよう無闇に人々が近づかないよう戒めたのでしょう。
2007/01/19
ホウリョウ続き
ホウリョウ・・・・宝竜ノ森・・・・宝了権現
ちょっと整理しないと・・・・
遠野物語112話の内容が判り難さに拍車をかける。
ここで示されたホウリョウは小字の名前で、山口村にあり、なんら目立つものではない。
よって林崎のホウリョウ(宝竜ノ森)とは別の場所であろう。
さておき、ホウリョウの周囲を眺めてみます。

裏手には畑地が広がりますが、岩がど真ん中にありますね。
どければいいのに・・・・・ いや、多分どけられない理由があるのでしょう。

あれらは絶対に墓石だろうから、近寄らないでおいたほうが無難だ。

あ、これも相当別世界だ(爆)
以前、玉千代さんの記事で見た時よりグレードアップしているようです。
一人増えている!!!
しかも、宝飯さんご指摘のとおり、この電柱と付属品から鉄のにほひがプンプンしてきますよ。
おそるべし!!!
2007/01/18
宝竜ノ森
遠野物語拾遺125話で語られる摩訶不思議な場所。
なぜか見つけられなくて、くやしい思いをしていましたが、ようやくと・・・

確かに周りの風景に同化していて見つけ難いが、一度目に付けば、もう見逃しようがない独特な地形だ。

そしてツイストを踊る鳥居。(笑) しかもどこかで見たアングル。(笑)
摩訶不思議その1
この鳥居のところに参詣の道は無い。
一体どうやって祠まで行けばいいの?
摩訶不思議その2
祠は鳥居と背中合わせで建っています。
なんか、参詣を拒んでいるようにも思えます。

あ、チラっと見えてしまいましたね。
ご神体を映像に残すのは意に反するのですが・・・・・・
幼き佐々木喜善が見て恐ろしくて泣いたという赤い権現頭は、もしかしてこれのことでしょうか?
なお、遠野物語112話にはホウリョウ権現は蛇の神だと解説されている。
2007/01/11
象坪山ふたたび
前回、見るも無残な汚れた恰好で登った愛宕山(象坪山)。
今回は冬枯れ時だ。再チャレンジには格好の時期だ。
と、その前に麓の愛宕神社へお参りを。

道は斜面を一直線「に登っていきます。
山ノ神はこの坂道を黙々と降りてきたわけであります。

標高差は90m。
一気に登った先には、おなじみの石像と石の祠。

さらにその奥には四等三角点。
ここが正式な愛宕山の山頂、標高400.2m。

葉の落ちた今、ここは開放感溢れる場所だ。
陰鬱な梅雨の頃と比べたら、まるで別天地。
ひんやりとした枯葉のベッドに横臥することもまた一興なり。

しかし、山ノ神はこの山頂で、一体何をしていたのでしょうね?
ここは少なくとも彼らの仕事場ではないはず・・・・・
89話の世界を探訪する旅を今回で終わらすつもりでしたが、また新たなる謎が浮上してきました。(笑)
いつになるか判りませんが、山ノ神の気持ちになって、この謎を追求したいと思います。
2006/08/15
2006/07/10
象坪山(愛宕山)その2
口は災いの元シリーズの続きです。(笑)
遠野物語89話を読み返しながら、つらつらと綴りましょうかね。
参詣の路は林の中に在り。
確かにありました。
立派な山道が!(爆)
山頂から西の方向に延びています。写真は山頂方面を見た構図になっています。
登口に鳥居立ち、二三十本の杉の古木あり。
杉の古木はもはや朽ち果て神と化したやうです。(笑)
其傍には又一つのがらんとしたる堂あり。
堂はありましたが、近来建て直しとなったやうです。
堂の前には山神の字を刻みたる石塔を立つ。
って、・・・こ、これは
「量産型赤い祠MS-06S」!!(爆)
参詣の路は柏崎の山裾へと続いていました。
くらしの便利マップで鳥居のマークが付いている場所です。
賢明なみなさんはもうお気づきでしょう。
そう、yamaneko。ま~たまたやってしまったようです。
象坪山へ「裏口からおばんです。」を!!(爆)
気付けばyamanekoはヒドイ格好です。
チノパン、黒のTシャツは泥だらけで蜘蛛の巣のアクセント付き。
しかも全身ずぶぬれ・・・・・
水光園まで戻らなければいけません。
この格好で里を歩くのか? 人に見られるのはイヤだな。
山伝いに戻ろうか・・・・・
山人、山神の気持ちがちょっぴり理解出来ました。
結局、里を歩いて戻ることにしました。(ヤブ歩きはちょっとね・・・)
・・・・・・ぁぁ、yamanekoくん? きみ何か重大なことを忘れていないかね?
堂の前には山神の字を刻みたる石塔を立つ。
山神の字を刻みたる石塔・・・・・
山神の字・・・・・
あっっ! 忘れてもうた!
「量産型赤い祠MS-06S」に惑わされて
忘れてもうたぁぁぁ!
2006/07/09
象坪山(愛宕山)その1
口は災いの元・・・の続きです。
遠野物語89話をもう一度、読んでみましょう。
山口より柏崎へ行くには愛宕山の裾を廻るなり。
そう、ちゃんと「廻るなり」と表現されていますね。
決して山の鞍部を越えることを「廻る」とは言いません。
yamanekoアホです。
愛宕山の頂には小さき祠ありて、参詣の路は林の中に在り。
繰り返しになりますが、登り口を間違えているので参詣の路はありゃしません。
鞍部から強引に山頂目指して登ります。
最初は杉(檜?)の植林帯ですが、すぐに潅木帯になります。
もはや服を汚さずにとか、濡れずに・・・などということは不可能でして・・・
yamanekoの「山猫スイッチ」が入りました!
潅木を踏み倒し、藪を掻き分け、登ること数分で視界が開けました。
この石祠が物語に書かれた小さき祠であろうか?
となりの石像の人物はなにやら杖を持っているようにも見えます。
もしや「役の小角」でしょうか?
何かの残骸・・・・
おそらく、石祠と石像を囲っていたお堂の名残でしょう。
これが象坪山(愛宕山)の光景です。
つづく・・・・・
2006/07/07
星谷探訪
星谷・・・・・
この地名で場所が特定できた方は紛れもない遠野ヲタクです。(笑)
本来なら「二ツ石山」から尾根伝いに進入する予定でしたが、
雨と猛々しい草叢に阻まれて、止む無くクルマでキセルをしました。
山口集落から高室へ抜ける道。
この橋の向こうには、のびやかな田園風景が広がります。
これが星谷の入口。
遠方には断念した「二ツ石山」も映っています。
遠野物語「第112話」に書かれた内容ですと、なにやら昔より人の住みたる場所らしいですね。
蝦夷屋敷、ホウリョウ、星谷・・・・この話にはイマジネーション広がる地名が多く鏤められています。
道径は深き草叢に消ゆ。
本当はこの奥から星谷に進入して来る予定でしたが、軽装ではやはり無理でしたね。
この時点では「山猫」に成りきれないyamanekoでした。根性なしです。
しかし、草木繁茂すること猛々しく、微妙な地形の変化はワカリマセン。
蝦夷屋敷とはおそらく、縄文時代や弥生時代の集落跡だと思いますが、すぐ近くのデンデラ野ばかり注目を集めていて、不遇な遠野物語スポットです。












































































































































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